「ある夜警察が止めたトラックの荷台には何十匹もの犬、運転席には女装した男」の触りでとりあえず観に行く。どす暗いサスペンスものかと思ったら物悲しいドラマ系だった。
構成的には冒頭で拘留された女装男の処分を判断するため、精神科医が赴いて男と面会を重ねる。そこで男の生い立ちやこれまでの生活等を詳細に聞き出し、回答の合間に男の回想が挟まって徐々にその半生と冒頭に至る経緯が分かっていく。
社会的弱者が犬たちとドラァグクイーンの職だけを拠り所に堕ちていく話。劣悪な家庭環境と悲惨な少年時代、虐待による下半身付随、数十年越しの初恋の玉砕、唐突な解雇……。果ては犬たちと廃墟に住み着き、貧しくも満たされた車椅子生活を送っていたが、ある日町の青年の頼みで卑劣なマフィアを牽制することに。その報復で襲撃を受けてしまい、冒頭のシーンはその騒ぎを片付けて逃亡しているところだった。
女装男がダークヒーローという触れ込みで宣伝されてたから魅力的なキャラクターを期待していたけど、別に好きにはなれなかった。なんというか、何でもかんでも"神のご意思"にされるとそれは単なる他責思考じゃないのかと感じてしまう。
悪役でも何でも一本筋の通ったブレないキャラクターが好きだから、都合の良い信仰心で自分の選択や犯行や犬たちの処遇を説明するのはモヤモヤする。それは神がそう望んだから……的な。向こうの神は間違えない、失敗しない絶対的存在だからそんな言い分に使われちゃうんな。そう考えないとやってられないってのはあるかもしれないけど。やっぱり己はキリスト教と相性が悪い。
どぎつい男の人生を聞かされた後、精神科医が思い詰めた顔で帰宅後に赤ちゃんを抱き上げるシーンがやるせない。『ファ◯ゴ』の保安官を思い出した。自分と一歩だけズレた方向に人生を歩んで転落した人間の末路を見たような、やりきれない対比。
ダークヒーローと言うほど勧善懲悪な行いは特になく、マフィアを牽制したとこぐらいしか無い。なので逆に何故この男が頼られたのかちょっと分からない。別にその筋で名が知れてるわけでもないはずなのに。お金に興味ないと言いつつ犬たちに金持ちから金品盗ませてるし。それを富の再分配とおっしゃるでしょう。
ヒーローでは勿論無いけど悪人にもなりきれないし、サイコパスというほど知的でもない。病んでる可哀想な人だ。悪人ではない分、それを分かって精神科医もつらい気持ちになってしまう。まだ本人が神の意思を信じてる分救いがあるか。
だとしても最後に犬たちの助けを借りて脱獄する時、見張りの警官を殺すのはショックだった。犬に襲われて次のカットで倒れた体が映っていたわけだけど。保険屋の時は正当防衛だとして、この警官はただ職務を全うしていただけなのに。警官殺しでいよいよこの男への愛着は無くなった。その後男も亡くなるし、警官の殺され損である。
もっと感傷的になる映画かもしれないけど、自分はセンチメンタルな映画で登場人物に腹を立てがち。やっぱり向かない。
レイトショーで行ったら観客は自分含めて三人だった。エンドロールで二人が退場したので束の間本当の一人映画状態になった。これで大学時代の講師・小沢先生に並ぶ実績を解除したぞ。
2024-03-23