クリーニング屋経営者があらゆる世界線の自分の能力を使いこなして世界を救う。
まあ観るでしょう。絶対観に行ってる場合じゃない繁忙期にねじ込んで行ってきた。 濃い〜映画、カオス耐性が無ければトラウマになるかもしれない自由っぷりだけど、最後にはしゃっくり出るほど号泣しちゃうんだなあ。 コミカルな掴み、エキサイティングな始まり、そして急に全ての観客を置いていくカオスのドリフト、ツボる人にはツボるがそれ以外は絶望的に冷め続けるナンセンス、からの映像トリップ、やっと分かってきたストーリーの核心、そしてなんだかんだ時空を超えた愛に号泣して、自分も戻っていく日常に限りなく安堵する。 正直言うほど世の中の全観客が手放しで大絶賛する映画かと問われたら、ト◯プガンに期待されていた賞を全部ぶん取るほどではないとは思う。挑戦的で記憶に残る濃い演出はたくさんあったけど、その前にそういった試みのA24作品を絶賛する自分に酔っている人間はいないか? まあそれはちょっと斜に構えすぎか。 かのボボボーボ・ボ◯ボボ愛読者なので「どうだカオスだろう!」なカオスには特に斬新さは覚えなかったけど、にしても下ネタにはノれない。海外の笑いはやっぱりまだここで止まっているのか……と若干の哀愁。嘔吐、失禁、疑似性器と下品なノリはイマイチ笑えない。それの主な対象が女性というのも輪をかけて笑えない。アクションのターンまで楽しんでたけどその辺から静かにテンション下がったのは違いない。バースジャンプのルールにもまだついて行けてない段階だったからなおのこと。ボーボボは下ネタは一切使わない純粋な混沌だった。 でもこれがメインキャラ男性だったら確かにグッとくるなと思ってからは妥協してた。なるほどなるほど、そう考えたらこのノリも男性視点だと確かに楽しいかもな。深掘りはさておき。 A級らしからぬ下品ノリにげんなりして「これ本当に超大作か?」と思い始める域にまで行ってたけど、最終的にはちゃんと良かった。 まあぶっちゃけ『マトリ◯クス』の世界観だ。平凡な主婦が別バースの自分からそれぞれスキルをダウンロードして戦う。アクション俳優の自分からカンフーを、歌手の自分から肺活量を……。結局そういうシンプルに楽しい展開見せられるとワクワクする。マトリッ◯スの方は真実はたった一つだったけど、こちらはマルチバースなので真実は世界線の数だけある。 考え方として「ほぉー……!」てなったのは、何をやっても挫折続きで悲観していた主人公に対して「君の失敗の数だけ分岐点が生まれて、その度に違う道を選んだ君が生まれていった」という言葉。だから主人公が選べる"別の世界線の自分"は並の人よりも多く存在していて、それだからこそ選ばれし者なんだと。目から鱗。 そもそも人生は一本で、その道のりは運命で最初から決まっている派なのでその考えに至ったこと無かったな。かつ、どう転んでもどうやらかしても過去には戻れないので「たられば」や「分岐」をそれほど考えたことが無かった。絶望的に失敗が重なったらそういう思考にもなるか。マルチバースならではの面白い視点。下手したら変な宗教生まれそうだけど。 それが序盤、中盤はカオス祭りで嫌になってきた辺りだけど、まずバースジャンプにイマイチ追いつけなかったのが辛かった。今はどのバースなのか、元のバースの流れはどうなってるのか、時空まで前後するのはどういうことなのか……。SF好きの自分でもわけ分からなくなってくるからウキウキで来た普段映画観ない勢は白目剥くんじゃないか。 加えてラスボスが"カオスそのもの"みたいな紹介されるぐらいだし、バースジャンプしながら攻撃が「カオス」だからもう大混乱である。しかし映像演出の混沌は我が国のアニメーションと『パプ◯カ』でインパクトは十分に経験済みだったのでそれほど取り残されはしなかった。負けないぞ。終盤で襲い掛かった全バースの走馬灯は自分の体が浮いてるんじゃないかと思うくらい圧倒的だったけど。 このめちゃくちゃな世界の中でたった一人奮闘するからこそ、ブレない家族の存在が強いのよね。自分だったらバース一周して再会できた度に安心で泣く。 この家族! 家族の存在がかなり良かった、最大のテーマでしょ、ここが! 色んな夢を諦めて常にイライラしながらクリーニング屋を経営する主人公、離婚届を出す機会をうかがう頼りない夫、自身や恋人を認めてもらえない娘、保守的で頭の硬い祖父。ダメそうな感じだ。 中盤のやりたい放題アクションでこちらもなんとなくゆるい気持ちで楽しみ始めてたけど、終盤になるにつれシンプルで直接的なセリフがポロポロと出始めて、このストーリーの根幹が見えてくる。見えてくると俄然引き付けられて真剣に見入ってしまう。 ラスボスは別のバースの娘、それも全てのバースの自分を操れる力を手に入れてしまった存在。 なぜ世界を破滅へ導くのかと母に聞かれた時の答えは「無意味だから」。これ聞いた時、なんだかやるせなくて泣いてしまったな。この世には無数の世界線があって、その数だけ別の自分が存在するんだって、知ってしまったから虚無に陥ったんだろう。命は多いと軽くなる、無限ライフならこの1プレーで味わう失敗も葛藤も悩みも人間関係も無意味だ。まして同性の恋人の存在も否定されて、容姿や人間性も否定されたこのバースの娘は空虚だ。 最後の最後、連れ帰りに来た母親に「別の私が娘なら良かったでしょ」で号泣した。否定されるってどれほどの苦しさなんだろうなあ、こういうのは辛くなるなあ……。 元々は娘の才能に取り憑かれて無茶な実験を繰り返し、全バースを見通せる力を開花させてしまったのは他でもない主人公だし(別バースの)。ラスボスは終わらせなきゃいけないけど娘も失うことになる、この最終局面は凄まじかった。 それでもあらゆるバースをトリップして不意に"人類が誕生しなかった世界線"で岩になって再会した娘に、「私のせいで、ごめんね」って母の言葉でまた泣いた。仲間も希望も娘に抹殺され倒した後で、この岩世界で向き合う切なさよ。娘は娘だもんな、かけがえ無いんだよ……。 親子の絆でだいぶ泣かされたけど死ぬほど泣いたのは夫の方だ。ラスボスの虚無に飲み込まれ主人公が夫を刺してしまった後。周囲を取り囲む特殊部隊に一斉に銃を向けられ、別の世界線で娘と一緒に無の境界へ飛び込もうとした時。 刺された夫が……頼り無かった夫が主人公を庇うように立ち塞がって、部隊に向かって「争うのはやめよう」て。めちゃめちゃ泣いた。愛だ。 この夫のターンは全体的にずっとヤバかったけど怒涛の終盤は本当に半端なかった。身も心もボロボロになった主人公に、刺された部分を押さえながら微笑んで「どの世界に生まれても、君と生きることを選ぶよ」て……。一緒にはならず互いに成功した世界線で、去り際に「違う人生を選べるなら今度は君とクリーニング屋で過ごしたい」て……(うろ覚え)。時空ジャンプ系で一番グッとくる展開をかまされた。負けました。クライマックスでこれがボンボン来たからそりゃしゃっくりも出る。隣の席の人にバレるレベルだったと思う。 ストーリーについてだいぶ割いたけどキャラクターについて。これは主演ミシェル・ヨーじゃなきゃダメだったし、夫もキー・ホイ・クァンじゃないとダメなやつだった。 クァン氏、何か受賞してたのは知ってたけどこの作品に出てたのか! ていうかていうか、『インディ・ジョー◯ズ』で一番好きな『魔宮の伝説』の少年だよね!! 初見時に名前を知って他作品ちょいと調べて「今は映画出てないのかー」くらいの認識だった。『グーニ◯ズ』にも出てたのよね。アジア枠ベスト子役。 アクション映画出るくらいだから運動神経よかろうとは思ってたけどあんなにがっつりカンフー出来たとは。ミシェル・ヨーは言わずもがなだけど、二人とも年齢に比例してないアクションスキル。かっこいいわ。 カンフーといえば、つよつよカンフー兄弟のアクションが最高だった。後から知ったけど、髪生えてる方は『シャ◯・チー』のニンジャマスター(勝手にそう呼んでいる)の中の人だったらしい!! 激アツ。男前じゃないか。てかちゃんとアジア系なの、最高です。今後もどんどん出てほしい。主人公と同時にカンフースキル外れて一瞬どうしようもない一般人どうしのファイトになったのは面白かった。 長くなったけど、げんなりからの大号泣というとんでもない振り回しを食らったのは確かにこれまでに無い経験だった。これ絶っっ対映画館で観ないとダメだよーー……しかし本当にハマるかどうか人それぞれだから難しいもんだ。失敗続きでやってられなくなったら観ると良いんじゃないか。そのくらいのメンタルの時がちょうど良いと思う。 パンフレット買うときタイトル言うの大変だった。
2023-05-16
2023-10-16